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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)302号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明との間の目的及び解決課題並びに構成及び作用効果上の差異を看過した結果、両者の一致点及び相違点に関する認定判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、以下に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張は、理由がないものというべきである。

前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第三号証(本願発明の特許出願の願書並びに願書添付の明細書及び図面)、第六号証(昭和五五年一〇月一三日付手続補正書)及び第九号証(審判請求理由補正書添付の昭和五六年二月二〇日付手続補正書)を総合すると、(1)本願発明は、被処理物である自動車の車体や鋼製成型品をリン酸塩化成処理液に浸漬する方法、特に連続浸漬法に関するものであつて、被処理物に直接スプレーすることなく、リン酸塩化成処理液槽の液面上に波動を生じさせて、被処理物をその液面を通過させることにより、リン酸塩化成処理液水位状の段付きマークを防止し、リン酸塩皮膜重量のばらつきのないリン酸塩皮膜を得ることを目的とし、その後に電着塗装を行つた際の塗装外観を良好にするものであること、(2)従来、連続浸漬型のリン酸塩化成処理において、被処理物は、一〇度ないし四五度の入槽角及び〇・五m/分ないし三・〇m/分の入槽速度で化成処理液槽に入槽され、入槽と同時に槽内のリン酸塩処理液と接触し、リン酸塩化成処理反応が起きて、被処理物上にリン酸塩皮膜が形成され、該リン酸塩皮膜には、入槽角に応じたリン酸塩化成処理液水位状の段付きマークが発生し、また、搬送機構上のノツキング現象が生じた場合にも、リン酸塩処理液との接触状況によるところのノツキング現象に伴う段付きマークが発生して、リン酸塩皮膜外観の均一性を害するほか、皮膜重量のばらつきやその後に行う電着塗装の塗装外観不良の原因となつていたこと、(3)本願発明の発明者は、右の欠点を解決するため、種々研究の結果、連続浸漬型のリン酸塩化成処理方法において、リン酸塩化成処理液槽内の液面に向けリン酸塩化成処理液の噴霧又は噴出によるか、あるいは該処理液槽に振動発生機を取り付けてリン酸塩処理液槽の液面に波動を発生させ、該処理物が液面の波動部分を通過してリン酸塩化成処理液に浸漬させることにより、皮膜の段付きマークを防止し、かつ、リン酸塩皮膜の外観が均一で、皮膜重量のばらつきをなくすことができ、また、その後電着塗装を行つた際に良好な電着塗装外観を得ることができることを見出して、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであること、(4)なお、本願発明において液面に波動を起こさせる理由は、本願発明に使用されるリン酸塩皮膜処理の化成反応については、pH2ないし5の酸性溶液中にて鋼板が処理液と反応してpHが上昇し、処理液の平衡状態が変化して、鋼表面にリン酸塩が析出するので、この処理液のpH上昇に伴う処理液の平衡状態の変動を元に戻すための措置として、被処理物が処理液内に進入する液面付近に波動を起こさせることで液面を攪拌してpHの部分的上昇を遅らせ、リン酸塩の析出を制限することにあることが認められる。他方、引用例に本件審決認定のとおりの技術事項の記載があることは原告の認めるところ、右記載に成立に争いのない甲第二号証(引用例)を総合すれば、引用例は、本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、(1)引用例記載の発明は、導電性被塗物、例えば、自動車用ドアースキンの表面に均一な塗膜を電着塗装する方法及び装置に関するものであり、より詳細には、電着塗料浴液中に連続的に浸漬する導電性被塗物と該電着塗料浴液を収納する電着槽又は該電着槽の中に設置された電極との間に予め電圧を印加して、被塗物を電着塗料浴液中に挿入し、連続的に被塗物表面に不溶性の塗膜を析出させる通電入槽方式の電着塗装法及び装置において、電着塗料浴液中に設置した噴射式ライザーのノズルから該浴液を噴射し、入槽しつつある被塗物の近傍に浴液の波動を生じさせることにより、入槽時の初期電着性を向上させ、均一でかつ平滑な塗膜を形成させる方法及び装置に関するものであること、(2)従来、電着塗装法には、右の通電入槽方式のほかに、電着塗料液を槽に満たし、その浴液中に導電性被塗物を浸漬し、該被塗物が完全に浴液中に没してから後に所定の電圧を印加し、該被塗物の表面に不溶性の塗膜を形成させる、いわゆる全没後通電方式があるところ、通電入槽方式は、全没後通電方式と比較して、被塗物表面のすみずみまで均一な膜厚が得られるとともに、塗装初期の電流値を比較的低く制御することができ 連続的に一定した電流で塗装することができるため、整流器の能力を小さくすることができるという長所を有する一方、段付き、泡ピンホール、ひび割れ及び艶むらを惹起するという欠点を有し、この欠点を解決するための方法としては、導電性被塗物に電圧を印加した状態で、入槽する前に電着可能な塗料溶液を該被塗物表面にかけ、前もつて湿らせる方法があつたが、この方法によると、被塗物が入槽する部分の電着浴液表面に多量の泡を発生させ、泡ピンホールを促進させるという欠点並びに入槽部近傍に塗料飛沫が飛散し、設備類の汚染と漏電の危険及び作業場の環境の悪化を促進するという欠点を有していたこと、(3)引用例記載の発明は、右の欠点を解消することを目的として、通電入槽方式の電着塗装法において、電着塗料浴液中に設置した噴射式ライザーのノズルから該浴液を噴射し、入槽しつつある被塗物の近傍に浴液の波動を生じさせることにより、入槽時の初期電着性を向上させることを特徴とする電着塗装方法の構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであること、(4)引用例記載の発明の前処理としては、例えば、リン酸亜鉛化成処理があることが認められる。

そこで、以上の認定事実に基づいて、本願発明と引用例記載の発明とを対比考察するに、本願発明は、リン酸塩化成処理に関するものであるのに対し、引用例記載の発明は、電着塗装に関するものであるが、両発明は、共に自動車の車体等を対象として、これを処理液又は塗料浴液に浸漬して表面処理を行う技術であるところ、従来、右の技術には、いずれも処理の際に段付きマークが生じるという欠点があつたところから、両発明とも、この欠点を解消するという課題の解決を目的として、浴液に波動を生じさせるという技術手段を採用し、これにより、その目的を達成したものであつて、右の技術手段については、両発明は、その解決課題及び目的並びに構成及び作用効果を同一にするものであり、しかも、本願発明のリン酸塩化成処理は、引用例記載の発明の電着塗装の前処理として行われるものであるから、当業者であれば、引用例記載の発明の右技術に基づき容易に本願発明の右構成に想到することができたものというべきである。この点に関して、原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明とを対比して、両者は浸漬による表面処理において浴液に波動を生じさせて行う点で一致する旨認定しているが、引用例記載の発明は、被処理物に通電しながら浸漬による処理をするのを不可欠とするのに対し、本願発明は、通電することなく浸漬による処理をするものであつて、両者は浸漬の条件を異にするのであるから、通電の点を除外して両者を対比した本件審決は、両者の一致点の認定を誤つている旨主張する。しかし、段付きマークが生じるという欠点の解消を目的として浴液に波動を生じさせることにした引用例記載の技術を本願発明の構成に転用することが容易であるか否かという点は、原告主張の通電の有無によつて左右されるものではなく、通電の有無を認定することなく判断することのできる事項であるから、通電の有無について認定することなく両発明を対比したからといつて、両発明の対比についての認定判断を誤つたことになるものではなく、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。また、原告は、本願発明の皮膜化成処理と引用例記載の発明の電着塗装とは、通電の有無のほかに、形成されるものが、前者では化成皮膜であるのに対し、後者では塗膜であること、その他技術内容を全く異にするものであつて、処理の目的、技術内容及び技術分野等を異にするものであるのに、両発明を対比してその共通性を認めた本件審決は、技術的に誤つているなどと主張するが、前認定説示によると、たとい、両発明に原告主張のような相違があるとしても、自動車の車体等を塗料浴液に浸漬して表面処理を行うについて、段付きマークが生じる従来技術の欠点の解消を目的として浴液に波動を生じさせるという技術手段及び本願発明のような化成処理が引用例記載の発明の前処理工程であることが引用例に開示されている以上、右の技術手段を目的、技術内容及び作用効果を同一にする本願発明の構成に転用することは、当業者であれば、格別の困難を要することなく容易に想到することができるものというべきであるから、両発明に原告主張のような相違があつても、右と同旨の本件審決の結論が左右されるものではなく、したがつて、結局、原告の右主張も、採用の限りでない。次に、原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点に関して、本願発明のリン酸塩化成処理と引用例記載の発明の電着塗装とは一連の技術であり、ごく近接した技術の範囲に属するものである旨認定判断しているが、リン酸塩化成処理と電着塗装とは、その適用技術分野、メカニズム並びに目的及び具体的解決課題を異にするものであつて、本願発明と引用例記載の発明とは技術的関連性が全くないから、本件審決の右認定判断は誤つている旨主張するが、仮に、リン酸塩化成処理と電着塗装とが、原告主張のような技術内容のものであつて、その点において、相違し、かつ、関連性を有しないものであつたとしても、前認定によると、本願発明のリン酸塩化成処理と引用例記載の電着塗装とは、前処理と後処理の関係にあり、その意味において、両者は一連の技術であり、ごく近接した技術の範囲に属するものということができるから、リン酸塩化成処理と電着塗装とが原告の主張するようなものであることは、本件審決の右認定判断を妨げる事由とはなり得ないものであり、したがつて、原告の右主張も、採用するに値しない。なお、原告は、本願発明は、界面におけるpH上昇が生じないよう波動させるものであつて、この点において電着塗装とは異なる旨主張するところ、前認定の事実によると、従前リン酸塩化成処理を行う際に段付きマークが生じていたのは、処理液のpHの部分的上昇によるもので、このため本願発明においては界面におけるpH上昇を抑制するため処理液を攪拌又は液面に波動を生ぜしめ、右段付きマークが生じないようにしたものと認められ、したがつて、本願発明の特許請求の範囲中「被処理物と処理液との接触による化成反応で処理液の部分的なpH上昇を抑止するために」の文言は、処理液の攪拌又は液面に生ぜしめる波動の範囲ないし程度を限定したものと解されるにしても、本来段付きマークの付着を防止する効果を生ぜしめるにはそのように処理液を攪拌又は液面に波動を生ぜしめる必要があるのであるから、そのための原理を単に記載したものにすぎず、これを特許請求の範囲に記載することの当否は別として、発明の成否の観点からみると、この点に格別の意義があるものとはいい難いから、自動車の車体等を塗料浴液に浸漬して表面処理を行う際の段付きマークの発生を防止するため、液面に波動を生じさせるという技術手段が前叙のとおり引用例に開示されている以上、たとい、引用例に段付きマークが生じる原因の開示がなくとも、本願発明のような、自動車の車体等をリン酸塩化成処理液に浸漬して表面処理を行う、電着塗装の前処理工程に、段付きマークの発生を防止するため、右の技術手段の転用を試みてみることは、当業者の容易になし得ることというべきであつて、段付きマークの発生原因いかんの点は、本件審決の結論を左右するものではなく、したがつて、原告の右主張も、採用することができない。

してみれば、本願発明をもつて引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の認定判断は、正当であるというべきである。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

被処理物をリン酸塩化成処理液に浸漬する方法において、被処理物と処理液との接触による化成反応で処理液の部分的なpH上昇を抑止するために、リン酸塩化成処理液槽内の液面に向けリン酸塩化成処理液を噴霧又は噴出させるかもしくは該処理液槽に振動発生機を取付けて、処理液を攪拌するか又は液面に波動を発生させる事を特徴とする被処理物をリン酸塩化成処理液に浸漬する方法。

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